「保護者支援」とは、その言葉のとおり、「保護者」を支援すること です。
「ことば」にしてみると とても 簡単に聞こえるかもしれません。
「なるほど、そうか」と、すぐに理解できるかもしれません。
でも、、 本当は、その「ことば」の「奥深くにあるもの」が 見えるかどうか、
そこに、本当に気づけるかどうかで
この「保護者支援」の意味、自分自身の表現の仕方は きっと変わってくるのだと
僕は そう 思っています。
100年前の世界に たぶん あなたは この世界に いなかったでしょう。
100年後の世界に、 あなたも僕も、もう この世界にいないんだと思います。
僕らの付き合いとは、 たかだか 「この100年の間」の付き合い なのです。
そして必ず、別れの日が来るのです。
だから、 協力したらいいんです。
助け合ったら いいんです。
父や母、兄弟姉妹、家族を 大事にし、助け合い、
友達や仲間を大切にし、 手を貸し、助け合い、
地域の人や、ただ一緒に列車に乗っている 知らない人にも
ほんの少しでも 気を配り、
順番を守ったり、 ゴミが落ちていたら拾ったり、 ベビーカーを引いた母子がいたら
列車から降りる手伝いをしたり、 信号待ちの高齢の方を気にかけ、声をかけたり、
そうした 小さな 小さな 優しさや思いやりのこころの先にあるもの
その中のひとつとして 「保護者支援」があるのです。
形式や形や定義では ありません。
「想い」があるのかどうか
ただ、ただ それにつきるのです。
そこに 気づくと 今 自分自身が考えている、定義している
「保護者支援」とは 「全く別のもの」が きっと見えてくると思います。 (げんき)
「愛」には 定義は ありません。 だから「愛情」の表現の仕方は 人それぞれです。
「保護者支援」も、きっと同じなんだと思います。 (げんき)